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シェアハウスの審査書類の改ざん問題によって、多くの焦げ付きが起きている「スルガ銀行」の会長である岡野光喜が辞任の流れとなった。

岡野光喜会長のプロフや経歴は?会長の年収はいくらくらいなのか?他にも誰が責任を取るのか?

こうした質問にお答えします。

岡野光喜会長のプロフィールや経歴

 

参照:Club Unisys + PLUS

 

 

岡野光喜(スルガ銀行会長)のプロフ情報

 

名前:岡野光喜(おかのみつよし)

生年月日:1945年2月15日

出身:静岡県

大学:慶應義塾大学経済学部

地位:スルガ銀行株式会社代表取締役社長

 

1967年に大学を卒業後、海外留学を経験。

1969年に現在のみずほ銀行(富士銀行)に就職し、海外勤務(ロンドン市支店)を経験した。

1975年にスルガ銀行へと移ります

1979年6月 取締役外国部長に就任します。

1980年11月には、常務取締役に就任

1983年1月には専務取締役に就任します。

1985年5月には取締役頭取になり、事実上銀行のトップに就くことになりました。

2000年に代表取締役社長 兼 CEOという立場に就任します。

 

スルガ銀行に入ってからは、ものすごいスピードで出世街道を進み続けたことが分かる経歴です。

 

現在は、代表取締役社長 兼 CEOという立場に加えて、

スルガ奨学財団、井上靖文学館長、慶應義塾評議員

静岡サッカー協会会長、ベルナール・ビュフェ美術館館長

 

上記のような立場で忙しく働いていました。

 

岡野光喜会長の社員からの評判

 

スルガ銀行は、近代銀行の姿のなかで異質な雰囲気を持っている銀行だ。

以前では当たり前であった同族経営というものを踏襲しており、岡野光喜会長も「岡野一族」の出身となる。

しかし岡野光喜氏は、自身が社長から会長へと代わった時、それまでずっと続けてきた同族経営から離れるような決断をしている。

 

会長職になったあとの、スルガ銀行の社長には米山明光氏を任命するようにした。

これはスルガ銀行の中でも、かなり画期的な決定だった。

こうしたこれまでの型に縛られないような、独走的な経営を行う岡野光喜会長を、社員は魅力的に感じていたようだ。

 

一族経営には、悪い面もあるが、同時に良い面もある。

意思決定までのプロセスが非常に少ないため、重要な決定でもすぐに実行に移すことが可能である。

この特徴は、スルガ銀行でも同じであり、意思決定のスピードの速さは、スルガ銀行の利益を押し上げることになる。

 

ハイリスク・ハイリターン経営の真実

スルガ銀行は、通常の銀行がメインに進めている企業向けの融資ではなく、個人向けの融資をメインにします。

個人への融資は、返済が滞る可能性も高く、普通の銀行であれば手を出すのが難しいと感じる分野です。

こうした経営戦略のため、スルガ銀行は「地方銀行の消費者金融化」と揶揄されるようになります。

 

こうした個人投資家への融資を推し進めることは、大きな問題を引き起こすことになります。

それが「カボチャの馬車」融資問題となります。

岡野光喜会長の収入はどれくらいなのか?

 

20183月期に、岡野光喜会長を含めて役員たちに、スルガ銀行は多額の役員報酬を支払っていることが判明した。

ちょうどその時、シェアハウス融資問題でスルガ銀行が大きく揺れ動いていたが、そんな時期に信じられない金額が報酬として支払われていた。

 

岡野光喜会長

基本報酬  8,400万円

賞与    4,300万円

退職慰労金 7,000万円

合計 1億9,700万円

 

岡野喜之助副社長

基本報酬  0万円

賞与    0万円

退職慰労金 5億6,500万円

合計 5億6,500万円

 

米山明広社長

基本報酬  7,200万円

賞与    3,600万円

退職慰労金 6,000万円

合計 1億6,800万円

東京商工リサーチ調べ

 

つまり岡野光喜会長の年収は、最低でも2億円ということになるでしょう。

ちなみに、こうした1億円以上の金額は20183月だけでなく、9年間連続で岡野光喜会長に対して支払われています。

すでに焦げ付きが発生しているのもかかわらず、役員報酬を支払い続けていたことは大きな問題であり、引責辞任で済むような問題ではありません。

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