北朝鮮に拘束されたスギモトトモユキ(杉本智之)さんが解放されることになった。

今回杉本智之さんが北朝鮮に拘束された違法行為とは何か?またいつ解放されるのか?北朝鮮に拘束されると尋問や拷問はあるのか?

こうした疑問にお答えしています。4分ほどで読み終わります。 

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北朝鮮がスギモトトモユキ(杉本智之)さんを拘束した理由とは?

 

杉本智之さんが旅行者として北朝鮮に入国した後、北朝鮮西部にある南浦という地区で北朝鮮当局に拘束された。

北朝鮮当局が発表している拘束理由は「違法行為」であると述べているだけで、違法行為とは何を指しているのは詳細な内容を公開していない。

 

しかし北朝鮮西部の南浦には、北朝鮮海軍造船所があり、この場所で拘束されていることが日本政府から発表されている。

さらに杉本さんは、映像クリエーターとして活動しており、何らかの映像を撮影していたところ当局に拘束されたとみられる。

 

南朝鮮(韓国)での拘束についての報道内容

 

まず杉本さんが当局に拘束された8月11日、韓国の新聞が報じたニュースの内容を見てみましょう。

参照:chosun.com

 

 

この報道の中身を翻訳すると以下のようになります。

 

日本の映像クリエイター、北南浦の軍施設撮影のため拘束

北朝鮮で逮捕当該拘束中の日本人男性は映像クリエイターとして、北朝鮮南浦市の軍事施設を撮影した疑いを受けていることが11日分かった。

日本政府関係者によると、スギモトトモユキという名前のこの日本の男性は、観光目的で北朝鮮に入った後、南浦市の軍事施設を撮影した疑いで拘束された。

関係者は「日本政府が拘束された日本人の安全確保を最優先的に考慮し、北朝鮮政府と交渉中」と話している。また、日本政府は、この男性の拘束理由や拘束状況などについても、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)などを通して調査していることを明らかにしている。

朝日新聞など日本のメディアは11日、北朝鮮で日本人男性1人が今月、北朝鮮当局に拘束されたと、日本政府関係者の言葉を引用して報道している。日朝首脳会談の開催を模索する日本政府は、今回の日本人拘束事件に神経を尖らせているとも伝えている。

北朝鮮当局が違法行為を行ったとして日本人男性を拘束した今回の件が、首脳会談や今後の日朝関係にどのような影響するのか注目されている。これと関連し、朝日新聞は「北朝鮮が(この男性を)日本との交渉カードとして活用する可能性もあると日本政府が考えている」と伝えている。

しかし、北朝鮮メディアはまだこの日本人拘束の報道をしていない。北朝鮮は1999年に日本人の元新聞記者をスパイ容疑で逮捕し、2年余りの間、拘束したことがある。

 

ここまでが韓国の報道によって伝えられた、北朝鮮によるスギモトトモユキさんの拘束の情報です。

 

日本で報道されているよりも、少し詳細な情報が韓国国内では報道されていることが分かります。

今回、意図していたかどうかは不明であるものの、北朝鮮の軍事施設を撮影したことで、スパイ容疑をかけられ拘束されたことが分かります。

 

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日本人男性が拘束された北朝鮮内の場所

 

今回の拘束場所は、北朝鮮の南浦と呼ばれており、Google mapでは以下の場所です。

 

 

南浦には北朝鮮の軍事施設や造船所があり、今回は造船所(軍事施設も含む)の撮影をしていた時に拘束されたと考えられるため、おそらく以下の場所です。

 

 

これは中国にも共通することですが、外国の軍事施設を写真撮影や動画撮影をすると、ほぼ間違いなく拘束されます

軍事施設には、国の軍事秘密が隠されているため、旅行者であっても撮影は決して許されていません。

許可なく撮影すれば拘束されると考えておいてください。

おそらく今回、スギモトトモユキさんも、南浦にある上記の軍事施設を撮影してしたはずです。

 

残念ながら本当に撮影していたとすれば、非常に浅はかな行動であったことになります。

南浦の軍事施設は、平壌から半日で行ける距離なので、旅行会社のツアーにも含まれることもあります。

 

ツアー会社であれば、軍事施設が撮影できないことは知っているはずなので、スギモトトモユキさんが注意を無視した可能性もあるでしょう。

海外は海外であり、日本とは異なることを意識しなければならないでしょう。

 

杉本智之さんが帰国した後、自身のSNSで事の詳細が語られるはずなので、注目しましょう。

北朝鮮政府は、「人道的な観点から拘束した日本人を追放する」と述べているので、いずれ日本へ強制送還されるはずです。

しかし日時については、まだはっきり明言されていないため、もう少し時間がかかるでしょう。

 

では北朝鮮に拘束されると、どのような扱いを受けるのでしょうか?引き続き解説します。

 

北朝鮮に拘束されると拷問や尋問を受けるのか?

 

ご紹介した韓国の新聞の最後に、1999年に新聞記者の日本人を2年間にわたって、北朝鮮がスパイ容疑で拘束していたと書かれています。

2年間北朝鮮に拘束されていたのは、杉嶋岑(たかし)さんです。

 

参照:朝日新聞デジタル

 

杉嶋さんは、199912月によど号ハイジャック犯の追悼のために、北京経由で入国しました。

追悼式などが終了し、帰国当日空港に行く際に車が行く先を勝手に変更し、平壌市内に連れていかれそのまま拘束されてしまいました。

 

杉嶋さんが拘束された理由もスパイ容疑であり、所持品を全て奪われ、尋問が始まります。

尋問は3ヶ月もの期間、1日9時間以上も続き、死にたいとさえ考えたと杉嶋さんご本人が述べています。

 

杉嶋さんが拘束された具体的な理由とは?

 

杉嶋さんは、北朝鮮を4回にわたって訪問しており、4回目まで拘束されることはありませんでした。

しかし5回目の北朝鮮への旅行で、拘束されることになります。

(今回の杉本智之さんも、これまでに何度か北朝鮮を訪問していたようなので、同じようにマークされていた可能性もあるでしょう。)

5回目の旅行は、前回までの旅行とは異なり、監視の目がいつも後を付けていたということです。

 

そのため杉嶋さんは、満足に北朝鮮の写真を撮ることは出来なかったと述べています。

 

つまり杉嶋さんが5回目に北朝鮮を訪問する前から、当局は杉嶋さんに目をつけており、帰国前に拘束することになったようです。

 

杉嶋さんは、4回目までの旅行で「日本政府関係者から要望」されて、北朝鮮の写真を撮影していたようです。

北朝鮮は杉嶋さんが政府に写真を渡している情報を掴んでおり、尋問時には公安や内閣情報調査室から依頼されたことを認めるように強要されたと述べています。

 

加えて199912月に拘束されたのは、数カ月後に日朝国交正常化交渉が控えているタイミングでした。

つまり北朝鮮は、交渉を有利に進めるために、杉嶋さんを人質として拘束したわけです。

この時も水面下では日本政府と北朝鮮政府の交渉があったのではないかと予想されています。

しかし日本政府も北朝鮮政府も、公にどのような交渉を行ったかは記録していません。

結局、杉嶋の拘束は199912月から20022月までの22ヶ月の間、北朝鮮のホテルや一般の部屋を使用しての尋問が絶え間なく行われたようです。

 

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